なくて七転び

精神病こじらせたゲーマーが私の見える景色を残しています

憑き物がとれた世界

スーパーで買い物したときのこと。

品出しの店員さんが「前通ります、ごめんなさいねー」と言いながら寄ってきたので、道を空けました。

後ろに並んでたお客さんが、店員さんが通って空きっぱなしになっていたドアを閉めました。


すごく当たり前に起きた流れだったんですが、これが当たり前なんだなあ、と改めて考えました。


うちの父親は、世間に対する不信感を抱えた人でした。

曰わく、電話番号は知られると詐欺電話がかかってくるから、タウンページに乗せてはいけない。

曰わく、門限はないが、子供が一人で出歩くのは危ないから、親の帰る時間には必ず家にいること。外泊も不許可。

曰わく、理解できないことを言う人間は、金で操られている。

曰わく、家族は助け合い、同じ意見を持つものである。

曰わく、家族以外を信じてはいけない。


父親に逆らわないようにしていた母親も、同じように外は怖いからと、子供のやることをすべてチェックする人でした*1


そりゃあ、私が人を信じられないようになるわけだよ、と。

本人はどう適応してるのか、口で言ってるだけなのかは知りませんが、物心付いた頃からこんな言葉を浴びてれば、家の外は怖いところにしか映りません。

そして、意見の同意を求められ続ければ、親も信じられなくなり、全面が敵。よく私生きてたな。



ネットが出始めた90年代後半、親に知られないで人と話すことができる環境ができました。

書き込む度に緊張したり、返事を見るのが怖くて後回しにしたり、単純に若くて世間知らずで変な振る舞いだったりしましたが、ひどいことを言われることは、存外に少なかったのです*2


その後、人狼ゲームにハマり、緊張しすぎで胃潰瘍になったりしながら、延べ400人以上と議論、揚げ足取り、足下すくわれ、相手の主張の理解に努めて、何となく実感したんです。


そんなに悪い人いないわ。
むしろ、うそを使って自陣営を勝たせようとする私の方が、腹黒いわ。



そんなことを思ったので、他人に相談してきました。
ちょっと、冒険でしたけど。


冒頭のスーパーのように、譲り合う世界も一面なのではないかと、そんなことを考えられるようになりました。


ちょっと、信じてみてもいいかな、と。


ヘルプマークももらってきました。


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裏面も同じデザインです*3

*1:後から過保護なだけかもしれないと思ったりもしましたが。

*2:傷つくことはそれなりにあったけど、こっちの感受性が振り切れてますからなんとも。

*3:デコりたい衝動にかられる。